これまで、夫婦関係におけるカサンドラ症候群(おもに自閉スペクトラム症のある夫と情緒的なやりとりや会話がスムーズにできないことで、妻の気分が落ち込んでしまう現象)について話題になることが多くありました。
一方で、母親や父親が発達障害(特に自閉スペクトラム症)を抱えており、その子どもたちが親とのコミュニケーションに悩むケースについては、あまり触れられてきませんでした。
この記事では、発達障害のある親の特徴や行動特性、心理について解説しますので、そのような母親や父親とどのように付き合っていくかのヒントにしていただければと思います。また、「自分の親は発達障害かもしれない」と疑問を持っている方の参考になれば幸いです。
目次
- 発達障害とは
- おわりに
発達障害は生まれつきの脳機能の障害であり、自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動性障害(ADHD)が代表的なものです。
自閉スペクトラム症は、強いこだわりや対人関係の苦手さを特徴とし、以前はアスペルガー症候群と診断されることがありました。最近は、特性が顕著であると、自閉スペクトラム症では早ければ1歳半頃から診断がつきます。
衝動性、注意散漫、怒りっぽさなどを特徴とする注意欠如・多動性障害(ADHD)の場合は、集団行動での落ち着きのなさや友だちとのトラブルが目立つため、園の先生がその特性に気付くことが多いです。
生きにくさを感じている最近の若い人の中には、インターネットで調べて、自分は発達障害かもしれないと思い、積極的に知識を得ようとする人が多いです。今後を生きやすくするために、診断やカウンセリングを受けることにも比較的抵抗がありません。
一方で、親世代には、発達障害という言葉が知られていなかった時代の人が多く、若い世代に比べて障害に関して偏見があることも少なくありません。たとえば、問題が発生しても「こういう性格だから・・・」「おじいさんもお父さんのような頑固で頭が固い人だったから・・・」などといった話で片付けてしまうことがあります。
また、本人の性格か発達障害による特性かどうかは、大人になるほど診断が難しくなります。幼少期はもともと持っている気質や特性が言葉や行動に出やすいですが、大人になると、社会経験を積み、人が嫌がることはしないようになります。
発達障害に気が付かず大人になった場合、人間関係などで無理をしてしまい、環境への不適応を起こすことが増え、二次的に心の問題を抱えてしまうことがあり、根本的な問題が見えにくくなります。
親がADHDの場合に困ることは、「部屋が片付けられない、整理整頓ができない、期限を守れない、すぐに怒る、忘れっぽい」などですが、自閉スペクトラム症に比べると、コミュニケーションは良好で、愛情を示してくれることが多いため、子どもから見ると、たとえば「せっかちで片付けや整理整頓が苦手なお母さん」「怒りっぽいけれど自分を大事に思ってくれるお父さん」などという程度であまり問題にならないことが多いです。
もちろん、症状の程度や子どもの性格によって、怒りっぽいことや、言ったことを覚えていないことなどに対して、もやもやした気持ちを抱えてしまうことはあるかもしれません。
親子関係で悩みが深刻化しやすいのが、母親や父親に自閉スペクトラム症の傾向がある場合です。自閉スペクトラム症は、コミュニケーションの課題が大きく、他人への関心のなさやこだわりの強さが問題の中心になりやすいです。
その上、「ほどほど」という曖昧さが分かりにくく、白か黒かの極端な結論になりやすいため、子どもが親と異なる意見を言うと否定することが多く、深い話し合いが成立しにくいです。
また、ほかの大人に相談しても、他人には親子の問題が見えにくいため、子どもは孤独を感じやすくなります。自閉スペクトラム症の場合、職場や近所の人たちに見せる顔と家庭での顔が大きく異なることがあります。それは、外では無理に適応しているからだと思われますが、本来は相手の気持ちを汲み取ることが苦手で、家庭内では素の自分で接してしまうため、子どもはその態度や言葉に傷ついてしまうことが少なくありません。
ただし、自閉スペクトラム症だからといって必ずしも親子関係の問題を生じるわけではありません。発達障害に加えて、親の性格や育ち方、過去の経験などが強く影響することでも、悩みが深刻化しやすくなります。
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「カサンドラ」とは、ギリシャ神話の登場人物の名前で、真実を伝えても人々から信じてもらえなかったという話が語源になります。そこから、身近な人間関係で不条理な状況におかれ、社会から理解してもらえない状態を表す言葉として心理学の分野で使われています。
カサンドラ症候群は、特に自閉スペクトラム症の夫(妻)を持つ妻(夫)が、感情の交流ができないパートナーに対して悩みを抱え、その辛さを周りに訴えても理解してもらえないケースに使われることが多いです。カサンドラ症候群は、夫婦間だけでなく、親子、友人、職場の人間関係などでも起こることがあります。
カサンドラ症候群は、医学的にはうつと診断されることが多く、気分の落ち込み、罪悪感、意欲低下などの症状がみられます。
なお、カサンドラ症候群になりやすいタイプは、真面目で熱心、努力家で面倒見が良い人が多いといわれており、相手となんとかコミュニケーションをとるために必死になりますが、相手にその気持ちが伝わらず、変化もないため、無力感にさいなまれ、次第に気分が落ち込んでしまう傾向があります。
うつ症状がなくても、似たような傾向がある場合は、早めにカウンセリングを受けるなどの対応をして、「自分だけが努力してもうまくいかない」「自分ができる努力は最大限してきた」という事実を認めることが大事です。
夫婦関係のカサンドラ症候群は、離婚や別居などで決着がつくことも多いですが、親子関係のカサンドラ症候群は、大学生になり家を出るなどのきっかけがなければ、親元を離れるのが難しいことが多く、悩みが深刻化しやすいのが特徴です。
情緒的なやりとりがうまくできない自閉スペクトラム症の親に育てられた子どもに見られやすい心理的な特徴を以下に挙げます。
子どもが親と異なる意見を言うと否定することが多い場合は、子どもは「親に合わせた方が面倒ではない」と思いやすく、自分の感情や考えを押し込めてしまうので、思春期や大人になってから、自分で判断や決断ができないなど、心の問題を抱える人も少なくありません。
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親に分かってもらいたいという気持ちを持つのは、子どもなら仕方のないことですが、独特な思考パターンのある親に対して、ずっとこの感情を持ち続けていても、苦しいのは自分自身です。そうした気持ちを手放す方法について紹介しますので、参考にしてみてください。
1.「親と自分は違う人間」という心の境界線を意識すること
まずは、「親と自分は別々の人間でそれぞれ考えや感じ方は違う」という「心の境界線」を意識してください。
発達障害を抱える人の中には、自他境界が曖昧な傾向がよく見られるといわれています。親自身がこの境界線を意識できていない場合が少なくありませんので、親の考え方に流されないようにすることは大切です。
2. 子どものころからの気持ちを整理して、親に伝えてみる
子どものころからのもやもやした思いをずっと抱えていることは辛いです。子どものころ言われて嫌だったことやこうしてほしかったということを、直接または手紙などで伝えてみるのも一つの方法です。
「あなたの気持ちに気付けなくてごめんね」と謝ってくれる場合もありますが、「あなたはひどい。お母さんだって大変だった。」と話がすり替わり、感情的になった親に泣かれて、かえって罪悪感をもってしまうというケースも多いですので、自分の気持ちを整理することだけを考え、親の反応には期待をしないようにするのが良いでしょう。
親への想いを手紙にしたためるだけでも、心が整理されることがあります。
3. 親の要求に応えられなくても、自分を責めないこと
親のことで、「これでよかったのかな・・・」と後ろ髪を引かれたり、罪悪感を持ってしまったりする人は、親の要求に応えられなくても、自分を責めないようにしましょう。カウンセリングなどを利用して話を聞いてもらうことで、心の整理に役立ち、自分は悪くないということに気付きやすくなります。
4.「自分軸で生きる」と決意する
大切なのは、「もう大人なのだから、親の機嫌をとらなくてもいい、自分の考えや気持ちを大事にして、自分の人生を生きていく」と決めることです。
「自分軸で生きる」と決意することと、もし、現在あなたが親の立場であるならば、「自分がされて嫌だったことはしない」と反面教師にするのもいいでしょう。
5.親も苦しんできたと考える
親に自閉スペクトラム症の傾向があるならば、親自身も人付き合いでずっと苦労してきた経験などが多くあったでしょう。
また、親も自身の親に似た特性があり、親の思いを押し付けられて育てられたという影響があるかもしれません。
今の時代は、気になることはネットで調べたり、書籍を読んだり、カウンセリングを受けたりして、自分の思考パターンや言葉にできない思いを整理することができますが、今の親世代が若かったころは、そのようなことが難しかった時代です。
「お母さん、お父さんも生きにくかったのだろう」と親の気持ちを想像することで、仕方がないと思えることもあります。
親を変えるよりも、自分自身の考え方、視点を変えることで、親子関係はぐっと楽になります。一人で考え方や視点を変えるのが難しい場合は、カウンセリングの利用も検討いただければと思います。
発達障害の傾向がある親との付き合い方に悩むことは多いと思います。そのような場合は、以下のようなことが参考になるでしょう。
1.感情的にならずに冷静に簡潔に話す
発達障害の傾向がある親へ何かを伝える際は、自閉スペクトラム症の特性を考慮し、冷静に簡潔に気持ちを伝えることが大切です。
もし、途中で親が不機嫌になったり、怒ってしまったりするのであれば、嫌な感情が残ってしまうため、途中で話をやめる勇気も必要です。親から思ったような反応がなくても、子どものころに言えなかった気持ちを言えた自分に自信をもつようにしましょう。
2.親から頼られたら、自分ができる行動を具体的に伝える
親から頼られた際、過去の親子関係の事情などがあり、どうしても介護はしたくない、かかわりたくないと思う場合は、自分ができる範囲の行動を具体的に考えるとよいでしょう。
例えば、住んでいる地域が離れている場合は、次のような範囲で関わることが可能です。一人で何でもしなければいけないと思いこまないようにしてください。
・地域の介護サービスなどを利用し、メールや電話などについては、負担にならない程度にやりとりを行う
・病院の入院手続きなどはするが、日頃のお世話はできないことをケアマネジャーや病院のソーシャルワーカーに相談しておく
住んでいる地域が近い場合も、ほかの兄弟姉妹と役割分担したり、主治医や地域包括支援センター、保健センターなどに相談したりするなど、家族だけでなんとかしようとしないことが大切です。
3. 愚痴や不満は聞きすぎない
介護で親の愚痴や不満を多く聞くようになり、ネガティブな影響を受けそうな場合は、地域の傾聴ボランティアを頼むなど、他人に任せるのもよいでしょう。愚痴は聞きすぎないようにし、最初から話を聞く時間を決めておくことが大切です。
親に発達障害の傾向がある場合、相手の状況をうまく想像できない人も多いため、長々と一方的に話をしてくることがあります。それでは気が滅入ってしまいますので、自分の生活を優先させることを第一にしましょう。
4. 専門機関に相談する
親が高齢の場合は、認知機能の問題と捉えられることも多く、年を重ねてから発達障害ということが分かっても、問題の解決にはつながりにくいです。
もし、親の年齢が40代などであれば、職場の人付き合いなどで生きにくさを感じているかもしれません。その場合は、専門機関に相談したり、診断を受けたりするメリットはあるでしょう。大人はグレーゾーンで診断がつかないこともありますが、得意不得意の凸凹を知ることで、今後の生活に活かせることがあります。
親に発達障害の傾向があり、困っている場合の相談機関を以下に紹介します。
・発達障害者支援センター
都道府県の専門機関で、子どもから大人まで、発達障害の相談や診断をしています。遠い場合は、地域の専門機関の情報を提供してもらうといいでしょう。
・地域包括支援センター
親が高齢の場合は、こちらで保健師や社会福祉士、ケアマネジャーが相談に乗ってくれます。
介護サービス以外でも、全般的な相談に乗ってくれますが、発達障害の専門ではないため、その特性に関する相談は難しいかもしれません。
・保健センター
発達障害の傾向だけでなく、不安が強い、夜眠れない、孤独感が強いなどの二次的な心の問題を抱えている場合に相談すると、保健師が自宅を訪問して、話を聞いてくれたり、病院を紹介してくれたりします。
地域の心身の健康を守る機関ですので、必要があれば、目的に合った専門機関につないでくれます。
・親の主治医に相談する
親が通院している場合は、具体的に困っていることがある際は、親が通院している主治医に相談するのも一つの方法です。
自分が困っていることを伝えても話を聞いてくれないような場合でも、主治医からのアドバイスであれば、親は間違いないと考えることがあるため、試してみるといいでしょう。
親が年を重ねると、人付き合いがますます億劫になったり、孤独感・不安が強くなったりすることが多いので、発達障害そのものよりも、その困った問題についてどのように対応するかを考えることが大切です。
親子関係のカサンドラ症候群は、外では熱心に子どもに尽くす親に見えることがあるため、子どもは親に怒られる自分が悪いと思い、自分を責めてしまいやすいです。
また、子育てが生きがいになり、過干渉になってしまう親も多いですが、親自身はそのことに気付きにくいです。
大人になっても親子関係がつらいと思う人は、自分の本心と向き合い、親と適切な距離を保つと良いでしょう。
自分の気持ちがよく分からないという場合は、ぜひカウンセリングをご利用いただけたらと思います。カウンセラーとの対話によって悩みを整理することで、自分の本心に気付きやすくなるでしょう。