うちの夫は全く話が通じない、私がこんなに大変な思いをしているのにテレビを見てゲラゲラ笑っている、子育てで手一杯なのに「食事はまだ?」と平気で言う、などと不満を抱く女性は多いです。
アスペルガー症候群(現在の正式な診断名は自閉スペクトラム症(ASD))の男性は、女性の4倍多いといわれ、主に妻の問題として、「カサンドラ症候群」という言葉が使われます。
一昔前なら、夫と話が通じないことなどは「うちもそうよ」と流されてしまうことも多かったと思いますが、最近になり、ネットや書籍、漫画などで、その特性や独特な夫婦関係が紹介され、カサンドラ症候群に関心を持つ人が増えてきました。
モラハラとはちょっと違うけれど、何か心がすれ違い、言いたいことが伝わらない、分かってもらえない、というもどかしさや、もやもやした気持ちを抱えている方は、ぜひご一読下さい。
目次
- おわりに
「カサンドラ」とは、ギリシャ神話に登場する予言者の名前で、太陽神アポロンの怒りをかったことから、「カサンドラの予言を誰も信じない」という呪いをかけられ、真実を伝えても人々から信じてもらえなかった、という話が元になります。
「カサンドラ症候群」は、1980年代に、心理療法家シャピラにより、「身近な人間関係で不条理な状況におかれ、社会から理解してもらえない」状態を表す言葉として名づけられました。
アスペルガー症候群は、知的発達の遅れのない発達障害としてその名称が認知されており、少し変わっていてもその人の個性とみられることも多く、大人になるにつれて社会に適応するようになるので、パートナーが心を通わせることができない辛さを周囲に訴えても、「みんなそうよ」「あんなにいい旦那さんを悪く言うなんて…」と、信用してもらえないことが、カサンドラの置かれた状況と似ているのです。
ちなみに、カサンドラ症候群はアメリカの精神医学学会の診断基準に含まれていません。病名ではなく、アスペルガー症候群(ASD)のパートナーをもったことで、心のつながりが感じられない、自分を責めてしまう、鬱状態になる、などの状態を表した言葉です。
病気ではないので、「カサンドラ症候群」自体は、薬などでは治すことができませんが、パートナーのASDの特性を知ること、関わり方を知ること、自身の考え方を変えることで、改善が見込めます。
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アスペルガー症候群とは、自閉症の研究をしていたオーストリアの医師の名前から付けられた病名です。
イギリスやアメリカでは、知的発達の遅れを伴わない自閉症の症例として、1981年の論文の発表により注目されるようになりましたが、日本で知られるようになったのは、ごく最近です。
2013年に出版されたDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)により、アスペルガー症候群は、自閉症と呼ばれていたもの等とともに、自閉スペクトラム症(ASD)という診断名に統一されています。
アスペルガー症候群は、男性に多く、知的な遅れや言語の障害がないといった特徴で認知されており、このような特徴を持つASDの方は、子どもの頃は気づかれることがないまま過ごし、大人になってから結婚や就職など、ライフステージの変化で生きづらさを感じ、自身がASDだと知ることも多いです。
ASDは発達障害に分類されますが、発達障害は、親の育て方などが原因ではなく、脳機能の生まれつきの障害であり、障害そのものを治すことはできません。ただし、症状を軽くすることはできます。
その主な特徴は、以下の通りです。
①コミュニケーション・社会性の障害
②興味・行動が限定的
ASDの人が、これら全ての項目に当てはまるわけではありませんが、以上のような傾向があります。
大人の発達障害は、専門の医師でも診断が難しいので、何か困ったことがあり、解決を急ぐようでしたら、「発達障害者支援センター」などで、地域の専門機関を紹介してもらい、受診されるといいと思います。
カサンドラ症候群には、イギリスの心理療法家マクシーン・アストンによると、以下の4つの特徴があるとされています。
カサンドラ症候群になりやすいタイプとして、真面目、完璧主義、忍耐強い、面倒見がいい、という事例がみられます。例えば、「ASDの特性をもつパートナーと心が通わないのは、子どもの頃の愛情が足りなかったのでは?私の努力で変えてあげたい」と献身的に尽くしても、全くうまくいかないことから、カサンドラ症候群が引き起こされてしまうことがあります。
ASDを抱える大人は、ある程度の社会性も身につけているため、家庭外の人には、その特異性がわかりにくいようです。
パートナーとコミュニケーションがとりにくいことで、むなしさや悲しさを感じてしまう上に、周囲に悩みを話しても、まともに取りあってもらえないということが、カサンドラ症候群の人の悩みを深くしているといわれています。
パートナーがASDを抱えているのは、誰も悪くない、と思うようにしても、悲しい出来事があったときにパートナーには共感されないなど、望ましい夫婦関係が築けないことが、苦しみを深くします。
カサンドラ症候群の辛いストレス、一人で悩み続けないでください。
このようなことでお悩みではありませんか?
うららか相談室では、臨床心理士などの専門家にメッセージ・ビデオ・電話・対面で悩みを相談することができます。
カサンドラ症候群により、抑うつや不安障害の症状があらわれている場合は、薬物療法や認知行動療法などで症状を抑えることができます。
しかし、根本的な解決には、ASDの特性をもつパートナーとの関係性を変えていくことが必要です。
ここでは、その具体的な方法についてお伝えします。
①アスペルガー特性を理解し、コミュニケーションの方法を工夫する
ASDの人は、相手の表情から感情を読み取るのが苦手で、余計なことを言ってしまったり、話の流れを理解できず、相手を怒らせてしまうことも多いです。
また、予定外のことや、複雑な状況判断が苦手なので、その特性を理解し、家庭での役割や、してほしいことを事前に決め、タイミングよく具体的に伝えることが大切です。
ASDの特性をもつパートナーには、結果の見通しを明確に伝えて、やってもらいたいことを紙やホワイトボードに書いておくなど、話し言葉よりも読み書きのほうが伝わりやすいことを活かして、視覚的な工夫をするとスムーズです。
ASDの特性をもつパートナーに「なんでやってくれないの?」「気が利かない」などと感情的に言うと、お互いに不愉快な思いをしてしまいます。
感情的なことは抜きにして、役割を決め、「やることリスト」などを目につくところに貼り、協力を依頼するとよいでしょう。
ASDの人は怒られると、理由がわからず黙ってしまうことも多いです。
それは、相手がなぜ怒っているのか理解できないので、脳が情報を処理しきれなくなってしまうからです。
ですので、自分の気持ちを分かってもらおうと思わず、家庭での役割を果たしてもらうためと考え、予め役割を決め、目に留まる工夫をし、予定が変更される場合はなるべく早めに伝えましょう。
②生活上のルールを決め、お互いを尊重する
お互いの行動の理由を話し合いながら、一緒に生活する上での役割やルールを決めます。
例えば、「休みの日の買い出しや子どもの遊び相手、習い事の送迎は夫が行うなど、親としての役割を決める」「月に1回は夫婦それぞれ、自由に過ごす日をもつ」などが挙げられます。
ASDの特性のある人は、「どうしてそういう行動をするのか?」と、目的の分からないこと、無意味だと感じることをしたがらない傾向があります。
それにより、「子育てに無関心」などと思われ、夫婦で言い争いになることもあります。
気になることがあれば、その都度、感情的にならずに、合理的な理由を伝え、納得してもらいましょう。
③うまくいかなくても誰かが悪いわけではないことを理解する
ASDの特性を知り、生活のルールや役割を決めたとしても、子育てはそもそも難しく、子どもや家庭の問題を一人で抱えこんでしまうこともあります。
そんなとき、家庭内に共感してもらえる相手がいないのは、とても心細く、孤独なことです。
まずは、自分はもちろん悪くないし、ASDの特性のある相手も悪気があるわけではないことを理解しましょう。
結婚前にどうして気がつかなかったんだろう、と自分を責めてしまうこともあるかもしれません。
理解のない人が「あなたが自分で選んだ相手でしょ」と心無いことを言うかもしれません。
それでも、自分は悪くない、気づけなくても仕方がなかった、ということをまずは受け入れましょう。
④親しい人にパートナーの特性を伝え、周囲の理解を得る
カサンドラ症候群が辛いのは、ASDのパートナーがいる人でないとなかなか辛さを理解してもらえない、というところです。
ASDの人は、職場や外では他人に合わせて振るまう努力をしていても、家庭などの気を遣わない場所では、本来の自分でいることが多いので、パートナーはより苦しむことになります。
また、話がかみ合わない、どんなに辛くても悲しくても共感してもらえない、一人で家庭のことを全て抱えこんでいる、といった状況を外部の人に話すことは勇気が要ります。
身内や昔からの親友など、否定せずに聞いてくれる人がいれば、我慢せずに話をしてみて下さい。思いを口に出すだけでも、心が少し楽になるかもしれません。
⑤医療機関、専門機関での相談、カウンセリングなどを受ける
大人の発達障害は、ある程度の社会適応能力を持っていることも多く、子どもの発達障害の専門医でも、大人の発達障害の診断は難しいようです。
ネットや書籍の情報で、「うちの夫もASDかしら」と思い、受診をさせたいと思っても、本人が納得しないというケースも多いです。
生きにくさは抱えていても、自分に原因があるとは思っていないため、発達障害の診断を受けるための受診の必要性が分からず、拒否されることが珍しくありません。
その際は、本人には受診を強要せず、パートナーが医療機関などに相談に行くだけでもいいと思います。
診断してもらうためにはASDが疑われる本人が受診する必要がありますが、特徴的な言動をメモしておいて、医師等に相談すれば、ある程度の傾向はわかるかもしれません。
子どもであれば、児童相談所、保健センターなどで診断を受けますが、大人の場合は、一般の精神科で診断を受けます。
大人の発達障害は、診断できる専門医が少ないので、各都道府県に設置されている「発達障害者支援センター」に連絡すると、最寄りの専門医を紹介してくれます。
また、医師の診断後のフォローも大切です。
アスペルガーの診断を受けた本人が何か生きにくさを抱えているなら、カウンセリングを受けるのもいいですが、どちらかというと問題を意識しているのはカサンドラ症候群を抱えているパートナーですので、辛い思いをカウンセリングなどで吐き出せるといいと思います。
コミュニケーションスタイルを変えたりしても心が通じ合わないなら夫婦でいる意味があるのか、と悩む方は多いですが、悩みを吐き出すことで、今後の自分の生き方も見えて、夫婦で良好な関係を続けることができる場合もあります。
⑥パートナーと距離をとる、離れる
上記に紹介したような手段を試しても、毎日が苦しく、生きている意味を感じないような状況であれば、精神的によくありませんので、別の方法をとったほうがいいでしょう。
ASDの特性を持つパートナーに非があるわけでないにしても、「どうして私がずっと辛い思いをしなければならないのだろう」「ASDそのものは、治療できるものでもなく、このままずっとこの人といても、共感してもらう喜びなども得られない」と考えると、むなしくなってしまうと思います。
もしこのように、落ち込みがひどい場合は、カサンドラ症候群の方が全てを抱えこむ必要はありません。
イライラしてしまうなら、パートナーと関わる機会を減らす、という形でもいいでしょうし、子育てが一段落したら、別居などをするという選択肢もあると思います。
まずは、自分自身の人生を生きることを考え、タイミングなどを見計らい、どうしたら生き生きと過ごせるのか、今後の生き方について、カウンセラーや専門家と一緒に考えていきましょう。
カサンドラ症候群が長く続くと、ASDの特性をもつパートナーに対する、感情抜きの合理的な会話が習慣になり、ASDではないパートナーも、情緒的なやり取りが難しくなったり、うつ病を発症したりするケースがあります。
カサンドラ症候群だと思ったら、定期的にカウンセリングや専門機関などで、感情を吐き出すことも重要です。
カサンドラ症候群の相談窓口は以下のようなところがあります。
①発達障害者支援センター
発達障害者支援センターは、都道府県の専門機関です。大人の発達障害にも詳しいので、ASDの特性をもつパートナーについても理解があります。
②発達障害の専門外来
発達障害の専門外来には、子ども限定のところもありますので、事前に発達障害者支援センターで地域の専門医を確認しておくと安心です。
③自助グループ(自助会)
ASDが知られるようになってから歴史が浅いので、家族支援もまだ十分ではありませんが、カサンドラ症候群の当事者による自助グループ(自助会)がいくつか作られています。
当事者でないと分からないこともありますので、他の人がどのようにして困難を乗り切ったのか、経験談を聞くことも参考になるかもしれません。
一般にカサンドラ症候群というと、夫婦の関係性について使われることが多いですが、ASDの人と親密な関係にある人にも同じような悩みが見られることがあります。
例えば、親子や兄弟姉妹、職場の同僚(上司や部下など)、そのほか日常的に関わる関係などです。
親子や兄弟姉妹関係では、同一の家庭内にいるため、ちょっと変だなと感じても、外に知られることに抵抗があり、問題はなかなか解決できません。
ですので、ストレスを感じている人が動き出して状況を解決する必要があります。
まずは、外部の信頼できる人や専門機関に相談して、解決のヒントを見つけましょう。
職場の場合、ASDが疑われる人が部下であれば、産業医などに相談するのも一つの方法です。上司であれば、信頼できる職場の人に相談し、何か対応を考えてもらうとよいと思います。
いずれにせよ、周囲を辛くさせてしまう本人には悪気がないので、本人が納得するような形で専門機関に紹介するか、周囲の人たちが専門家からアドバイスをもらうなどして、ASDの特性を考慮した業務を任せるなどの工夫も必要です。
問題を感じている人は、決して一人で抱えこまずに、まずは誰かに相談する、特性を理解して付き合う、特性を考慮した仕事を任せるなど、行動を起こしてみましょう。
夫婦関係のもやもやした気持ちやすれ違いの原因が少し理解できたかもという方もいるかもしれません。
夫婦が分かり合えないのは、経験や生育歴が違うからとか、男女で身体の作りが違うからという理由もありますが、それだけでは説明しがたい理由もあります。
家庭の問題を共有できず、常に一方が抱え込み、一人で対応するというのは、限界があります。
ASDもカサンドラ症候群も、誰のせいではないといっても、鬱々とした思いが消えないなら、早めに専門機関に相談し、自分がどのような夫婦関係を望んでいるのか、どんな人生を歩みたいのか、について考えていく必要があります。
もう、自分にはこれ以上対応できない、と思ったなら、自分自身の人生を取り戻すために、我慢せず行動を起こしてください。
参考にしたもの
・アスペルガー症候群の診断基準 (infodize.com)
・アスペルガー症候群について | メディカルノート (medicalnote.jp)
・“大人の発達障害【アスペルガー症候群】の特徴とは|心療内科|ひだまりこころクリニック栄院,メンタルクリニック,精神科 (hidamarikokoro.jp)
・資料:ガイドブック・マニュアル:保健・医療 - 発達障害情報・支援センター (rehab.go.jp)
・Harriet F.Simons Ph.D, Jason R. Thompson (2009) Affective Deprivation Disorder: Does it Constitute a Relational Disorder? (https://www.maxineaston.co.uk/research/Affective%20Deprivation.pdf)