大切な存在を亡くすという経験は、人生の中でもっとも深い悲しみの一つです。
心の中にはぽっかりと穴が開き、世界が一変してしまったような感覚に襲われることもあります。
「なかなか立ち直れない」「何をする気にもなれない」
そんな自分を責めてしまう場合も少なくありません。
このような悲しみの中で感じるつらさや混乱は、「グリーフ(悲嘆)」と呼ばれる自然な心の反応です。
しかし、グリーフがストレス要因となり、心身に反応や症状が出て日常生活に支障が出ることもあります。
そんな状況で大切なのが「グリーフケア」です。
グリーフケアは、悲しみを無理に忘れるためではなく、自分のペースで悲しみと共に生きていけるようになるための心のケアです。
このコラムでは、グリーフケアの概要や、具体的な実践方法、また、流産・死産を経験された方の心の回復についてもお伝えします。
目次
- グリーフケアとは
- おわりに
グリーフ(grief)は「悲嘆」と訳され、家族・パートナー・友人・ペットなどとの死別や流産・死産なども含めて、「喪失」に関わる経験によって起こる深い悲しみのことをいいます。
グリーフケアとは、そのような大切な人や存在を失ったときに生じる悲しみに寄り添うサポートのことです。
また、悲しみを癒すだけではなく、喪失を経験した人が自分の感情と向き合いながら、自分らしい生活を取り戻すことも支援します。
深い悲しみは、大切な存在を愛していた証。
辛い気持ちを抑え込むのではなく、丁寧に見つめていくことがグリーフの受け入れにもつながります。
悲しみや喪失と向き合い、時間をかけて心の整理をしていく作業を「グリーフワーク(喪の仕事)」といいます。
喪失を経験すると人の心は様々な反応を示しつつ、時間の経過と共にグリーフの受け止め方も段階的に移り変わっていきます。
その流れを理解するための代表的な理論として、精神科医キューブラー・ロスが提唱した「死の受容5段階モデル」と、心理学者ウィリアム・ウォーデンの「課題モデル」をご紹介します。
・死の受容5段階モデル
このモデルは、末期がん患者へのインタビュー調査から導かれた「死を迎える本人の心理過程」でしたが、現在は「喪失に直面した人の心の動き」を理解する枠組みとしても応用されており、5つの段階に分けられています。
①否認
「そんなはずはない」「信じられない」と、現実を受け入れられない段階。
突然の喪失ほどこの反応は強く、心が現実から自分を守ろうとしています。
②怒り
「なぜこんな目に」「どうしてこんなことが」など、怒りや不公平感が湧く段階。
怒りの矛先が自分や周囲の人々、医療体制、運命などに向かうこともあります。
怒りは悲しみの裏返しでもあり、弱さではなく自然な感情のひとつです。
③取引
「もし〇〇すれば」と神や運命に願いをかけたり、「あの時〇〇していたら」というように、違う選択をしていたら運命は違っていたかもしれないという葛藤が湧く段階。
この時期は、過去を振り返って後悔や罪悪感、自責の念を感じることも多くなります。
④抑うつ
現実を受け止めはじめ、深い悲しみや無気力、孤独感に包まれる段階。
涙が止まらない、眠れない、食欲がない、身体がだるいなど身体の症状も出やすいです。
この時期はとてもつらいですが、涙を流したり休むことも回復プロセスの一部です。
⑤受容
悲しみや苦しみが心の中に残りつつも、現実を受け入れる段階。
受容=完全に悲しみが消えるということではありません。
その悲しみと共にこれからの生活を生きる形に変化していきます。
ただし、これらの段階がすべての人にあてはまるわけではなく、順序通りに進むわけでもありません。人によって各段階の期間も違います。戻ったり進んだりを繰り返しながら、自分なりのペースで喪失を受け入れ、大切な人がいない生活に適応していくことが大切です。
また、受容の段階までいったと思っても悲しみがぶり返すこともあります。
まずは今の自分がいる段階や今の気持ちをありのまま受け止めることが、回復への大切な一歩となります。
・課題モデル
悲しみを段階として捉えるだけでなく、何をしていくことで心が癒えていくのかを具体的に示したのが課題モデルです。このモデルでは、大切な対象を失った人には以下4つの取り組むべき課題があるとされています。
①喪失の現実を受け入れる
まず必要なのは、「大切な存在はもうこの世にはいない」という現実を少しずつ受け入れることです。
頭では理解していても、心がついていかないと感じる方も多いでしょう。
現実を受け入れることは痛みも伴うため、ゆっくりで構いません。
②悲嘆の痛みを消化する
「前を向かないと」などと無理に頑張ろうとしてしまう方もいますが、悲しみ・怒り・後悔・孤独などの痛みをきちんと感じることも大切です。
また、「どんな感情を抱いてもいい」「泣いてもいい」と思えて気持ちを話せる相手や場とつながり、今の気持ちを言葉にすることも有効です。
③故人のいない世界に適応する
少しずつ日常に戻る中で、新しい生活や役割に慣れていく時期です。
これには3つの側面があります。
・外的適応:家事・育児・仕事など生活の役割や責任を担う
・内的適応:大切な対象の喪失が自己の喪失にならないようにして、自分自身のアイデンティティを再構築する
・スピリチュアルな適応(※):喪失体験を受けて、人生観や世界観を更新する
※ここでいうスピリチュアルとは、超常的なものを指すのではなく、「生きる意味」「大切な人とのつながり」など、人間の精神的な側面を指しています。
この時期には、小さな成功体験など、できたことを意識して積み重ねることが回復を支えます。
④新たな人生において、故人との永続的なつながりを見出すこと
悲嘆のゴールは忘れることではなく、亡くなった大切な存在と新しい形でのつながりを持ちながら生きること。
心の中の適切な場所に亡くなった相手を位置づけ直し、新しい人生にも少しずつ意識を向けられるようになります。
その存在を自分の心の中で大切にし続けることが、課題モデルの最終段階といえます。
「何をすれば立ち直れるの?」「どうすればこの悲しみが軽くなるの?」
そんな問いに対して、それぞれの経験には個別性があり正解はありません。
しかしながら、日常の中で簡単に取り入れられて自分でできるグリーフケアもあります。
以下では多くの人に共通して効果的な方法をいくつかご紹介します。
①感情を表に出す
悲しみ・怒り・後悔・自責・愛しさなど、どんな感情も感じていいものです。
泣くことも、怒ることも、誰かに話すことも、心の回復には欠かせません。
「泣いたら迷惑」「まだ悲しんでいるのはおかしい」などと思う必要はありません。
悲しむこと自体が、癒しのプロセスの一部です。
②思い出を形に残す
写真を飾る、手紙を書く、記念の品をとっておくなど、亡くなった相手との絆を感じられる方法を見つけてください。
課題モデルでもあったように、グリーフケアでは大切な対象を忘れたり関係を断ち切るのではなく、新しい形でのつながりを持つことが大切です。
③身体を労わる
グリーフは心だけでなく体にも影響を与えます。
眠れない、食欲がない、頭痛など、体のサインを無視しないようにしましょう。
十分な休息、栄養、温かい飲み物、軽い運動など、身体を整えることも立派なグリーフケアです。
④信頼できる人に話す
一人で気持ちを抱え込まず、誰かに話すことはとても大切です。
ただ話を聞いてもらうだけでも、心が少し軽くなることもあります。
家族・身近な友人・カウンセラー・医師など、あなたが安心できる相手を選ぶようにしましょう。
⑤無理に前向きになろうとしない
「元気にならなければ」「次へ進まなければ」と焦る必要はありません。
無理に立ち直ろうとするより、一旦立ち止まることを許すことが心の回復につながることもあります。
身近な人には話しづらい、もしくは話したけど理解してもらえなかったといった場合もあると思います。
「誰かに話を聞いてほしい」「もう限界かもしれない」と思ったら、グリーフケアを専門的に行っているところへ相談してみましょう。
代表的な相談先には次のようなものがあります。
・カウンセラーによるカウンセリング
・医療機関(心療内科、精神科、グリーフケア外来など)
・自助グループ(同じ経験をした人同士が集まって話し合う場)
相談先を選ぶときのポイントは、信頼できる相手か、自分が安心できるかどうかです。
注意点として、合わない相手に無理をして話すと、かえって疲れたり傷ついてしまうこともあります。
もし合わないと感じたら、他の場所や相談相手を探して構いません。あなたの心地良さが何より大切です。
流産や死産、新生児死等の赤ちゃんとの死別による喪失は「ペリネイタル・ロス」と呼ばれます。
ペリネイタル・ロスは、当事者にとっては確かに存在した小さな命との別れであるにも関わらず、流産・死産の場合は戸籍に残らないなど社会的には赤ちゃんの存在が認められず、「公認されない悲嘆」の一つとされています。
さらに、周囲からは「また次があるから」などと軽く扱われてしまうこともあり、深い悲しみを抱えたまま孤立してしまう方も少なくありません。
特徴的なグリーフの反応としては、
・「私のせい」など自分を責めてしまう
・他の妊婦や赤ちゃんを見るのがつらい
・周囲からの励ましなどの言葉に逆に傷つく
・人と会うことを避ける
などがあります。
これらの反応はすべて自然なことです。
おかしいことや弱いことではありません。
このような状況で、心の回復を支えるポイントをお伝えします。
・心と体を回復させる
産後はホルモンバランスが変化することで心身の不調が続くことがあります。まずはゆっくり休んで、心と体を整えていくことが大切です。
・自責感や罪悪感を手放す
流産や死産は母親のせいではありません。「もっと早く気づいていれば」と自分を責めてしまう方も少なくありませんが、医学的にも多くは染色体異常や臍帯のトラブルなど、誰にも防げないことが原因です。焦らなくて構いませんので、自分を責める気持ちは少しずつ手放していきましょう。
・心の支えになる人や場とつながる
SNS等では亡くなった赤ちゃんを「天使」と表現することから、流産や死産を経験した女性は「天使ママ」とも呼ばれます。SNS上で同じ経験をした天使ママとつながったり、天使ママが集まる自助グループへ参加して「このような経験をしたのは自分だけじゃない」という実感を持つことで少し心が軽くなることもあります。
「【何をする?】グリーフケアの方法」の章でも挙げたように、身近な人に話を聞いてもらうのも良いですし、精神的なショックが大きく日常生活に支障が出ている場合などは、カウンセラーや医師など専門家への相談も有効です。
周囲のサポートを受け取ることは弱さではなく、傷ついた自分を大切にするための前向きな選択です。
グリーフケアとは、悲しみを忘れることではなく、悲しみと共に生きる力を取り戻すことです。
大切な存在の記憶を心に抱きながら、少しずつ日常を取り戻していくその道のりこそがグリーフケアの本質です。
悲しみを癒す期間や癒しのプロセスは人それぞれ。
あなたのペースや進み方をどうか大切にしてくださいね。
【参考文献】
グリーフケア(遺族ケア)とは?意味や対象者、回復の流れを解説
https://www.e-sogi.com/guide/16562/
グリーフケアとは?定義から実践方法、声かけの注意点、資格と看護現場での役割を解説
https://www.co-medical.com/knowledge/article1098/
流産後の精神的不安定はいつまで?3つの回復ステップと心を守る方法
https://ppch-j.com/column/miscarriage-mental-instability/
令和3年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 子どもを亡くした家族へのグリーフケアに関する調査研究
https://cancerscan.jp/news/1115/