イギリスの精神科医ローナ・ウィングは、ASD(自閉スペクトラム症)を3つのタイプに分けました。この3つのタイプは診断名ではありませんが、ASDの特性との付き合い方を考える上で役に立つことがあるといいます。この3つのタイプのうちの一つが受動型ASDです。
今回は、受動型ASDの特徴や、困りごとへの対処法などについてお伝えしていきます。
目次
- ASDとは
- 受動型ASDとは
- おわりに
ASD(自閉スペクトラム症)は、「対人関係が苦手」「こだわりが強い」といった特徴をもつ発達障害の一つです。ASDとは自閉スペクトラム症の英語表記である、「Autism Spectrum Disorder」の頭文字をとったものです。
かつては「自閉症」「アスペルガー症候群」「高機能自閉症」「広汎性発達障害」などと分類されていましたが、それらの状態が連続体(スペクトラム)であるとされ、包括して「ASD(自閉スペクトラム症)」という診断名になりました。
ASDの原因はまだはっきりとわかっていませんが、生まれつきの脳機能の障害だと考えられています。
ASDの特性の現れ方は人によってさまざまですが、具体的な困りごとの例として、以下のようなことが挙げられます。
【対人関係が苦手】
・人と視線を合わせるのが難しい
・人と会話中に、相手が感じていることを理解しにくい
・相手の表情から気持ちを読み取ることが苦手
・集団で活動したり、働いたりするのが難しい
・例え話や冗談が通じない
・場違いな発言や行動をしてしまう
【こだわりが強い】
・ものの全体像よりも細部に注目する
・特定の物に執着する、収集する
・物の置き方にこだわったりする
・物事が自分の思い通りのやり方でなくなると、非常に動揺する
また、上記のほか、手先が不器用、聴覚や触覚などいわゆる五感などの感覚が過敏または鈍感といった特性が見られる方が少なくないと言われています。
ASDは、「受動型」「積極奇異型」「孤立型」の3つの型に分けて考えられることがあります。この分類は、医学的な分類や診断ではなく、イギリスの精神科医であるローナ・ウィングが対人関係の特徴から分類したものであり、ASDの特性への付き合い方を考える上での参考として役に立つ場合があります。また、成長とともにタイプは変わっていくこともあるといいます。
受動型ASDとは、積極的に人と関わろうとはしないものの、人から求められれば応じることができるタイプです。主体性がなく従順で、言われたことには従う傾向があります。
このタイプは、幼少期は目立ったトラブルは起こさず、一見、場面に適しているように見えるため、発達障害に気づかれないまま、乳幼児期から学童期を過ごすことが多いといわれています。しかし、青年期以降になると、反動のように大きな問題が出てくることや、受け身性が固定化していくことが指摘されています。
人に流されやすく、相手の要求をすべて受け入れてしまうこともあり、それがストレスになってしまうことがあります。
受動型ASD以外の「積極奇異型」「孤立型」には、以下のような特徴があります。
●積極奇異型
積極奇異型ASDは、対人関係に対して積極的ですが、相手の反応を気にせず、自分が話したいことを一方的に話したりするタイプです。自分の興味やこだわりを強く表現し、他者との距離感を誤ってしまうことがあります。具体的には以下のような特徴が挙げられます。
・相手を質問攻めにしたり、自分の好きなことを延々と話し始める。相手の表情や気持ちに気づきにくい。
・積極的に他者に関心をもつため、自閉的には見えない。
●孤立型
孤立型ASDは、周囲への関心が低く、他人との交流を避け、一人でいるほうが安心するタイプです。周りに人がいないかのように振る舞ったり、声をかけても反応が乏しい、視線が合いにくいなどの傾向が見られます。具体的には以下のような特徴が挙げられます。
・相手が存在しないかのように振る舞うことが多い。
・他者の気持ちを理解しづらい
・年齢を重ねるごとに対人関係のあり方が変化し、他のタイプに移行していくことも多い。
次に、受動型ASDの特徴を詳しく見ていきましょう。
・周りに合わせる
受動型ASDの人は、周りに合わせて、言われたことを受け入れる傾向があります。人からの接触を避けようとすることは少なく、孤立しているというイメージは持ちにくいです。従順で、問題行動はあまりないことが多いですが、従順であるために、無理なことを要求されがちになることがあります。
また、相手が前向きな考え方を持っていれば、うまく適応することが可能なため、相手によっては穏やかな人間関係を築くこともできます。
・主体性がなく、自己表現が苦手
受動型ASDの人は、自分の意見や感情を表現することが苦手な面があります。主体性がないため、青年期頃までは周囲の要求に応えていくという方法で対応できたものが、選択や自己決定を求められる場面が多くなるにつれ、困難さを感じて適応していくことが難しくなってくることがあります。
・二次障害が出やすい
受動型ASDの人は、自分の意見や感情の表現が苦手なことから、嫌なことを拒めず、ストレスがたまりやすい傾向があります。そのため、精神的な不調による二次障害を引き起こしやすいといわれています。
・発覚が遅れやすい
周りに合わせたり、言われたことには従うことができるため、学校では放置されていることが多く、発覚が遅れやすいのも特徴です。大人になってから、二次障害の発症をきっかけとして発覚することも少なくありません。
ASD(自閉スペクトラム症)の特性との付き合い方について、カウンセラーと一緒に考えてみませんか?
うららか相談室ではメッセージ・ビデオ・電話で、臨床心理士などの専門家に悩みを相談することができます。
受動型ASDの人が生活をするうえで生じる問題や困りごとについて、どのような対処法があるのでしょうか。以下にいくつかご紹介しますので、参考にしてみてください。
・自己理解を深める
受動型ASDの人は、周りに合わせることが癖になっていて、自分軸を見失っていることが多いです。自分一人の時間を作り、「本当は何がしたいのか」「何を思っているのか」「何が嫌なのか」など、自分の本心を引き出して、理解していくことが大切です。
自己理解を深めるには以下のような方法がありますので、試してみてください。
・自己主張の練習をする
自分の本心を引き出して、理解することができたら、それを人に主張・表現する練習をしてみましょう。自己主張というと、相手に強く伝えることを考えてしまいがちですが、必ずしも強い態度や口調で伝える必要はありません。自分の意見が伝わればいいので、自分に合った方法(穏やかに伝える、フレンドリーに伝えるなど)で伝える工夫をしてみましょう。周りに自己主張が上手な人がいたら、真似をしてみるのもおすすめです。
・断るスキルを習得する
受動型ASDの人は、言われたことには従う傾向があるため、本当はやりたくないと思っていても、人からの頼み事などを断れない人が多いです。断れないことで、自分が無理をしてキャパオーバーになってしまったり、相手から都合よく扱われてしまったりする可能性があり、それがストレスや不安の原因になってしまうかもしれません。そうならないためにも、「断る」ことを意識的に学習・練習して習得することが大切です。
たとえば、「アサーティブコミュニケーション」という自己主張の仕方があり、これは自分も相手も大切にして、相手を思いやりつつ自分の言いたいことを主張する方法です。「本当は断りたいけど、人間関係を壊したくないし、断ることに罪悪感を持ってしまう」などと考えてしまう人は、アサーティブな断り方を学習し、練習してみるのがおすすめです。
・ストレスマネジメント
ストレスマネジメントとは、ストレスとの上手な付き合い方を考え、適切な対処をしていくことです。先述の通り、受動型ASDの人はストレスをためやすく、二次障害が出やすいといわれていますので、ストレスマネジメントを意識することが重要です。二次障害を防ぐためにも、ストレスを「溜めない・発散する・耐性をつける」の3つを意識して心掛けましょう。
カウンセリングでは、カウンセラーと対話をすることによって、自分についての理解を深めたり、困りごとにつながりやすい考え方や行動のパターンを見直したり、自分らしく生きるために改善できることをカウンセラーと一緒に考えたりすることができます。
また、先ほどご紹介したストレスマネジメントや断るスキルについて、自分にあった方法をカウンセラーと話し合いながら探していくこともできます。
カウンセリングは、ASD当事者のほか、周りの人が関わり方について相談することもできますので、つらい気持ちを抱えていたり、困りごとへの対処に悩んでいる方は、利用してみてください。
今回は、受動型ASDの特徴や、困りごとへの対処法などについてお伝えしてきました。受動型ASDの人は、周りに合わせることができるため、トラブルも少なく、問題になりにくいといわれていますが、本人はその特性によってストレスや生きづらさを感じていることも多いです。今回ご紹介した対処法を試していただき、少しずつでも日常生活の困りごとが改善されれば幸いです。
<参考文献>
小野啓子,新宅文子,自閉スペクトラム症受け身型大学生への支援,愛媛大学教育学部紀要,2017,第64巻, p.281-282
落合みどり,通常の学級に在籍する高機能自閉症児の集団馴化,自閉性障害のある児童生徒の教育に関する研究,2003,第6巻, p.44