人間関係や心を安定させるには様々な方法がありますが、「自他境界」を意識することもそのうちのひとつと言えるでしょう。
この記事では、他者との適切な距離感や、自分を守ることにもつながる自他境界についてお話します。今、人間関係に不安やストレスを抱えているならば、自他境界に着目してみると改善の糸口が見つかるかもしれません。
目次
- おわりに
まずは、自他境界とは何か、その概要から見ていきましょう。
・自分と他人との間にある境界線
自他境界とは、自分とそれ以外の人や物事との間にある、目に見えない境界線のことです。「バウンダリー」とも呼ばれます。
身体的・物理的な境界というだけでなく、心理的な境界線でもあるのが重要なポイントです。
・自分と他人は違う存在だという事実を示すもの
より具体的には、「自他境界」とは、自分と他人は違う存在であるという事実や理解とも言えます。
赤ちゃんは自分とお世話をしてくれる母親や養育者との区別があいまいな世界に生きていて、自他境界がない状態と言えます。そこから心身の成長やたくさんの経験を積み重ねるにつれて、徐々に自分とそれ以外の人は違うのだという感覚を得ていきます。
自他境界が適切に機能していると、自分と同じ人は一人として存在せず、仮にまったく同じ場所で同じ経験をしても、その受け止め方は人それぞれ異なるというのが前提の心理状態でいるので、人に過度に影響を受けたり不安定になったりすることが少なく、自分をしっかり保つことができます。
お伝えしてきたように、自他境界とは「ここまでは自分の考えや領域であり、ここからは相手の領域である」という境界線のようなものです。簡単にいうと「自分は自分、人は人」ということです。この自他境界の程度は人や状況によって異なりますが、曖昧な人にはどのような特徴があるのでしょうか。
・人から影響を受けやすい
自分と他人との間の境界線がしっかりしていれば、他者の身体、考えや感情、言葉や行動などは相手のものだという線引きができます。一方で、自他境界が曖昧な場合、相手の感情や行動と自分のそれとが明確に区別されず、本来は他者のものである感じ方などを自分の領域に入れすぎることがよくあります。
つまり、人の考えや感情、行動などに左右されがちで、他者からの影響を受けやすい人が多いのが、自他境界が曖昧な人の特徴と言えます。
・みんなも自分と同じ感じ方をするという思い込み
他者の領域にあるものを取り込みすぎる傾向があるのと同時に、自分の領域のものを相手側にまで広げすぎたりすることもしばしば起こります。
このことが、人には人の考えや感じ方があるのだということを充分に想像できず、みんなが自分と同じように感じるはずだという思い込みを持ちやすい傾向として表れることがあります。
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前章でお伝えした曖昧な自我境界の例を、より具体的に見てみましょう。他者の感情や考えを自分側にまで広げすぎてしまう場合と、逆に、自分のものを相手側に広げすぎる場合とに分けてご紹介します。
・人のものを自分の領域に入れすぎる場合
他者の言動などが境界線を越えて自分側に入ってきてしまうと、このようなことが起きやすくなります。
☑人の意見が正しいと思えて合わせてしまう
☑自分の意見がない、または、人に影響されてすぐに意見が変わる
☑自分に自信がない
☑機嫌が悪い人を見ると自分のせいだと感じる
☑相手の要求に無理をしてでも合わせようとする
☑人のちょっとした言動で傷つく
自分自身よりも他人本位になりがちなため、自信が持てず、自分が間違っていると思ってしまったり、何かあるとすぐに自分のせいだと感じたりすることがあります。少しでも自信を持ちたくて人の役に立とうとする気持ちも強く、周囲の要求に応えようと頑張りすぎてしまうこともあります。そういった敏感さや不安の強さからストレスを溜めやすく、心や人間関係が不安定になることが珍しくありません。
・自分の領域のものを相手に広げすぎる場合
他者との境界線を踏み越えて、自分の感じ方などを相手の側に広げてしまう形での自他境界の曖昧さは、以下のような対人パターンを引き起こしやすいと言えます。
☑自分の感じ方はみんなにとっても正しいはずだと思い込む
☑意見や感じ方が違う人に怒りを覚える
☑自分の気持ちを分かってもらえないと感じて不安や怒り、不満などを感じる
この場合もやはり、人間関係にストレスを抱えやすく、人とうまくいかないことが多かったり、気持ちが不安定になったりすることがあります。
・境界線が曖昧になりやすい関係性のパターン
自他境界の程度は、相手や状況などによって変動します。
親子・きょうだい・夫婦・パートナー・チームメイトなど、近い関係性の人との間では、そうでない関係性と比べると自他境界が曖昧になりやすいと言えます。
また、上司と部下、学校や習い事の教員と生徒など、上下関係や力の差がある関係性においても、境界線が曖昧になることがあります。こういった関係性の相手には、より注意深く境界線を意識すると、安定的な関係を築きやすくなるでしょう。
ここまでのお話をお読みになって、自他境界の曖昧さと発達障害との関連が気になった方もいるかもしれません。両者には関係があるのでしょうか。
・ASDの特徴が自他境界の曖昧さとして表れることも
発達障害のひとつであるASD(自閉スペクトラム症)の特徴として、相手の気持ちを想像することや場の空気を読み取ることの苦手さ、自分なりのルールやこだわりが強いこと、過敏性などが挙げられます。
このような特徴から、相手には相手の気持ちがあるということに意識が行かず、相手も自分と同じような受けとめ方をするはずだと考えてしまったり、人の気分や行動に過敏に反応してしまったりする傾向が、自他境界の曖昧さに繋がるとも言えます。
・ストレスなどによって一時的に自他境界が緩むことも
ただし、自他境界が曖昧な人はみんな発達障害だというわけではありません。
人との境界線が緩い家庭や地域で育つ、DVや虐待などを受けていたなど、環境によって自他境界が曖昧になることもあります。
また、ストレスやトラウマになるような外傷体験などによって、一時的に自他境界が曖昧になることもあります。このようなときは、人の何気ない言動を自分への攻撃や否定であるかのように受け取ってしまうことも多く、それによってさらに心が疲れてしまうため、できるだけ早く適切な対応や治療をすることが大切です。
適度な自他境界は、心や人間関係を安定させる働きをしてくれます。では、自他境界が曖昧な人は、どのようにその境界線を作っていけばいいのでしょうか。
・どの考えが心地よいかを基準に決める
まずは、自分と同じ人はいない、すべての他者は自分とは違う感じ方や考え方を持っているものだとの理解を深めるべく、日頃から「自分は自分、人は人」と意識するようにしていくと良いでしょう。
それでも、たとえば人と意見が違うことが明らかになった時など、心が揺れるような場面では特に、境界線が曖昧になってしまうことはあるかと思います。人の意見に影響されて、相手が正しくて自分が間違っていると思えてしまったときは、どちらの意見が自分にとって心地よく感じるかを考えてみて、自分の心に沿っていることを基準に決めていく練習をしてみると良いです。
また、「自分の意見は変えなくても特に現実的な問題は起きなかった」「人と意見が違っても、表向きには大丈夫だった」という経験を積み重ねるのも、自他境界を作るうえでは有効です。
・境界線を越えてくる相手とは距離をおく
自他の境界線を設定しようとしても、相手側から境界を越えて侵入してこられると、とてもしんどくなってしまいます。必要以上に意見を押し付けてきたり、気持ちや行動を否定してきたりする相手は、あなたとの間の境界線を越えていると言えます。
もしこのような人が身近にいるなら、可能な限り距離をおくと良いでしょう。家族や上司などすぐには離れられない事情がある場合は、「この人の言うことは真に受けない方がいい」「この人から影響を受けないようにしよう」と考えておくなど、心の中で距離を置くようにするだけでも意味があります。
・因果関係を客観的に考えてみる
自他境界が曖昧になっているときの捉え方の癖を知っておくと、気持ちが不安定になった時に対処しやすくなります。
たとえば、「自分のせいで人を不快にさせている」「相手が正しくて私は間違っている」「誰も私の気持ちを分かってくれない」などと思えたら、自他の境界線が曖昧になっているからそう思えてしまうのではないか、と疑ってみると良いでしょう。
その際、相手を不快にさせたと確信できる言動を自分がしたか、本当に相手だけが正しいと言える証拠はあるか、分かってもらえるに足るくらい充分に気持ちを伝えたか、というように、客観的な証拠を探すような気持ちで両者の因果関係を考えてみると、意外と客観的証拠は見つからないものです。「ということは、自分の捉え方が過剰だったのだ」と思えれば、気持ちを楽にすることが可能です。
・ストレスに適切に対処する
ストレスや疲れが原因で自他境界がゆるんでいる場合は、ストレスを軽減するための対処が有効です。ゆっくり休む、好きなことをする時間を確保するなど、自分なりのストレス軽減法を探って実践すると良いでしょう。
自分だけでは難しいと感じたら、人に話を聞いてもらったり、専門家に相談したりするのも一手段です。
人は誰しも一人では生きられませんし、人と気持ちや体験を分かち合うことは豊かな人間関係には欠かせません。しかし、適切な自他境界が保てないと、かえってストレスや問題を引き起こしてしまいます。
自分と他人は別の存在で、それぞれ異なる気分や考えを持っているのだという大前提を基に、相手との関係性に応じてちょうどよい境界線を設定して、より良い人間関係を築いていけるといいですね。