「トラウマ」「PTSD」という言葉が広く知られるようになり、「とてもつらい体験をした人に起きる現象」というイメージを何となく持っている方も少なくないように思います。ここではより詳しく知るために、トラウマとは、PTSDとは何か、どのような対処法や治療法があるのかお話していきます。
ご自分がトラウマを抱えて辛いという方や、周囲に辛そうな人がいる、あるいは、今後そのような状況になったときにどうするといいか知っておきたいという方の参考になればと思います。
目次
- おわりに
トラウマとPTSDについて、それぞれの定義と両者の違いから見ていきましょう。
・トラウマとは心的外傷のこと
トラウマを日本語にすると「心的外傷」です。つまり、何らかの体験によって心に傷を負い、それによって心身が充分機能できなくなっている状態です。元々の性格や本人の捉え方の問題ではなく、過去の体験によって受けた心的外傷を「トラウマ」と呼びます。
また、トラウマを負った出来事や体験を「トラウマ体験」といいます。
・PTSDはトラウマに関する診断名
PTSDはPost Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)の略です。
トラウマを受けた人の中には、その体験から何年たっても激しい辛さや悲しさ、体調不良、人間関係の不安定さなど、様々な形の生きづらさを抱える人も少なくありません。これらのトラウマに由来する影響が診断基準を満たす場合、PTSDと診断されます。
・トラウマとPTSDとの違い
つまり、PTSDとは医師によって付けられる診断名であり、「トラウマ」と「PTSD」には言わば「原因」と「病名」という違いがあります。心的外傷そのものがトラウマで、トラウマを抱えた人が診断基準を満たした場合の診断名がPTSDというわけです。
ここからはより具体的に、PTSDの症状や診断基準について、そして、どんな出来事がトラウマ体験になり得るのかをお話します。
・PTSDの症状
PTSDの症状はとても多岐に渡ります。代表的な症状は以下の通りです。
☑ フラッシュバック(トラウマ体験が今まさに起きているかのように再体験される)
☑ トラウマを想起する恐れのあるものを回避する
☑ 記憶が抜け落ちる
☑ 不眠、食欲不振、頭痛、腹痛などの身体的症状
☑ イライラ、不安感、怒りなど
☑ 人を避けたり近づきすぎたり等、対人関係が不安定になる
☑ 自己否定感、自分は価値がない存在という信念
・PTSDの診断基準
PTSDの診断には、アメリカ精神医学会によるものと、WHOによるものとがあります。文言が少し異なりますが内容的には大体同じで、命を脅かされるような、非常に恐ろしい出来事の後に上記のような症状が現れ、それらが1ヶ月以上続いているなど、一定の基準に該当すると医師が判断した場合に、PTSDと診断されます。
・トラウマ体験の例
PTSDの元となるトラウマ体験になり得るのは、こんな出来事です。
☑ 震災や火災などに被災した
☑ 戦争、事故
☑ 暴力的な犯罪に遭った
☑ レイプなど性被害に遭った
☑ 上記のような状況を見聞きした
このような非日常的で恐ろしい体験が、トラウマになり得る主なケースです。
・日常的に続く出来事もトラウマ体験となり得る
ただし、トラウマになるのはショッキングで非日常的な出来事だけとは限りません。
☑ 虐待(心理的虐待や性的虐待、ネグレクトも含む)
☑ パートナーからのDV(精神的暴力も含む)
☑ いじめ
☑ 教員や指導者等からの不適切な指導
☑ ハラスメント
たとえば、これらのような、日常生活の中で繰り返し行われる体験もトラウマの要因になります。直接的に命にかかわるようなことではなくても、基本的に逃れることが難しい環境の中で長期にわたってこのような体験をし続けることは、とても深く心を傷つけられ得る体験です。
このようなトラウマ体験からくる症状に対して、PTSDとは区別して「複雑性PTSD(CPTSD)」という診断名が用いられることもあります。複雑性PTSDの症状はPTSDと共通するところも多いですが、特に自己否定感、感情調整や対人関係の困難が強く出る傾向があります。
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トラウマを抱えて生きるのは非常に苦しいことですが、治療法や対処法はあります。大きく分けて、薬物療法と心理療法があります。
・薬物療法
精神科や心療内科では、PTSDによる不安や恐怖感などの症状に対して薬が処方されることがあります。
薬でトラウマ自体が治るわけではないですが、服薬によって体調や気持ちが少しでも整えばそれだけでも楽になれますし、余裕ができた分PTSD治療に取り組みやすくもなる可能性もあります。
薬を飲んだ方が良いかどうかは、医師の診察やご本人の希望などを踏まえて決めていきます。
・心理治療にはたくさんの種類が
トラウマやPTSDそのものへの治療は、心理療法が中心となります。主な治療法を簡単にご紹介します。
【EMDR】
トラウマ記憶やそれにまつわるイメージを思い浮かべながら、治療者が動かす指(または点滅した光が動く棒)を目で追って眼球を左右に動かし、記憶を処理する方法です。トラウマ体験を詳しく語らなくてもいいので、その体験を口にする恐怖が強い場合でも、比較的負荷が少なく治療を進められます。
【対人関係療法】
現在の人間関係にフォーカスして、どんなことが問題になっているかを確認し、実践的・戦略的に対処法を考えていきます。これもトラウマ体験を直接取り扱う必要のない方法です。
【ソマティック・エクスペリエンシング】
ソマティック(somatic)とは「身体の」という意味で、身体的な感覚や自律神経に着目して調節を図り、トラウマ体験からの影響を減らしていく方法です。
【ブレインスポッティング】
視点と脳の動きの関連を利用して、トラウマ記憶の処理を図る方法です。治療者の持つ棒を見て目の向きを調整しながら身体感覚に注目し、脳の深い部分に変化を促し、トラウマによる心身の反応を改善していきます。
【持続エクスポージャー法(PE療法)】
PTSDの症状のひとつである回避に焦点を当てた方法です。面接で治療者とともに計画した宿題に沿って不安度が比較的低いものから順に回避をやめてみて、行動範囲を広げていき回復につなげます。
【認知処理療法】
これも宿題が出され、それに生活の中で取り組みながら進める方法です。トラウマ体験によって作られた非適応的な思考(認知)を見直し、修正していきます。
【TF-CBT】
TFとはTrauma-Focusedの略で、トラウマに焦点を当てた認知行動療法です。トラウマを抱えた子どもと養育者のための治療法で、8つの構成要素に基づいて進めていきます。
これらの治療法はどれも専門的な研修を受けた医師やカウンセラーのみが行えるもので、その人数はまだ少ないのが現状です。受けてみたい治療法がある場合、インターネットや書籍などで実施可能な専門家や施設を探すことをお勧めします。
・カウンセリングでできること
上記のような治療は、カウンセリングの中で受けられます。トラウマ治療に特化した方法を中心にご紹介しましたが、対面での実施を基本とする治療法もあるので、オンラインカウンセリングでは受けられない、あるいは充分な効果が期待できない場合もあります。
体調の問題などで対面カウンセリングに通うことが難しい、近くに良さそうな病院やカウンセリングルームがないなど、オンラインカウンセリングを選びたい場合もあるかと思いますが、オンラインでもお話を聞いて過去の体験の整理をしたり、認知行動療法を行ったりして、トラウマによる苦しみを軽減することは可能です。
また、対面/オンラインを問わず、トラウマ治療よりもまずは話をじっくり聞いてほしいなど、その時々でのご本人の希望に応じた内容でカウンセリングを進めることもできます。
ただ、カウンセリングでは薬物療法はできませんので、身体症状が強く出ている場合は医師の診察を優先、あるいは並行する方が良い場合もあります。
臨床心理士とは・・・
悩みを抱える人との対話をベースに、問題の解決をサポートする「こころの専門家」です。
うららか相談室には、多くの臨床心理士が在籍しています。
トラウマの想起は自分の意思ではコントロールできないものなので、急に思い出されてとても苦しんでしまうことも少なくありません。トラウマへの対処は専門的な治療を受けることが望ましいですが、普段の生活の中で思い出した時の対処法を知っておくのも大切なことです。
・トラウマ体験は過去であることを意識する
フラッシュバックは過去の体験がまざまざとよみがえってしまうことなので、そのトラウマ体験は過去の出来事であることが前提となります。「フラッシュバック=過去である」という理解を日頃から意識しておくと良いでしょう。
実際にトラウマ体験が想起されたときも、もしできそうなら「これはもう過去のこと」「今はもう安全なところにいる」という声かけを自分にしてみると少し楽になれるかもしれません。
・呼吸に注目したり身体を動かしたりする
意識を現在に向けると落ち着きやすいので、呼吸や身体、周囲の状況に注目するのも良い方法です。具体的には、以下のような方法があります。
☑ 深く息を吸って少し止めてから、ゆっくりと息を吐く
☑ 両手を思いきり握ってから一気に力を抜く
☑ 今見えるもの、聞こえるものを挙げていく
・安心感が持てるものを用意しておく
安心感を持つことができると、トラウマを乗り越えやすくなります。お茶をいれる、お気に入りのぬいぐるみを触る、信頼できる人に話を聞いてもらうなど、ホッとできるような対象やルーチンを準備しておくのも有効な対処法です。
最後に、周囲にトラウマ体験に苦しむ人がいることが分かった場合の対応について、お伝えします。
誰にも言えない辛いことを抱えたまま生きるのは非常に苦しいことです。反面、トラウマ体験を話して受け止めてもらえた経験は、その人にとって大きな助けになります。もしも誰かにトラウマ体験とも言えるような辛かった話を打ち明けられたら、あなたを信頼して話してくれたのだという事実をしっかり受け止めて、どうか否定したり軽はずみに励ましたりはせず、「よく話してくれたね」という気持ちで聞いていただけたらと思います。
「いつまでも昔のことにこだわらないで」「気にしすぎ」「そんなに悪く受け止めないで」等は、たとえ相手を思って言ったことだとしても、逆に傷つけてしまうような言葉なので控えましょう。
嫌だった記憶や不快な体験は誰にでもありますが、時間と共に自然に薄れていったり、思い出しても現在の心身や生活がそれほど大きな影響を受けなかったりするようなものは、トラウマではありません。
同じ体験をしてもトラウマになる人とならない人がいますが、心が弱いからトラウマになるというわけでもありません。
トラウマ体験を持つに至っても、それ自体は本人に非のないことですから、自分を責めたりせず適切な治療につながってもらえたらと思います。そうすることで、トラウマを乗り越えられる日がきっと来ると信じています。
<参考文献>
・白川美也子 著 『トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること』 講談社 2019
・オロール・サブロー=セガン 著 白川美也子 監修 山本知子 訳 『トラウマを乗りこえるためのセルフヘルプ・ガイド』 河出書房新社 2006