日本での児童虐待は年々増加しており、2023年度の全国の児童相談所における児童虐待相談対応件数は、225,509件もの数に上っています。そんな中、虐待サバイバーという言葉を聞く機会も増えてきたように思います。
この記事では、虐待の原因にも触れながら、虐待サバイバーの概要や望ましい支援などについてお伝えしていきます。
目次
- おわりに
虐待サバイバーとは何か、まずはその辺りからお話を始めます。
・虐待を受けた経験を持つ人
サバイバーとは、「生き残った人」「生存者」という意味の英単語”survivor”が示すように、災害や被害、事故、病気など困難な経験に見舞われながらも生き残っている人のことです。「癌サバイバー」など困難な経験の種類と組み合わせて用いられることも多くあります。
つまり虐待サバイバーとは、子ども時代に虐待を受けた経験を持つ人を表します。狭義には、虐待を受けて育った人の中でも特に、虐待を受けていることを誰からも気づかれず、じゅうぶんなケアを受けられないまま大人になった人を指すこともあります。
児童虐待はどんなことが原因で起きるのでしょうか。
・虐待とは
児童虐待には以下の4種類があります。
☑身体的虐待:叩く、閉じ込めるなど身体的に苦痛を加えるもの
☑性的虐待:直接的な性的接触、子どもに性的なコンテンツや性行為を見せるなど
☑心理的虐待:子どもの尊厳や人格を否定するような暴言、無視、きょうだい間差別など
☑ネグレクト:日常的な世話をしない、必要な医療を受けさせないなど
このように、虐待にはあらゆる形での暴力が含まれます。実際に手を挙げていなくても、身体に触れていなくても、故意でなくても、子どもの心を傷つけたり、子ども自身に自分を不要な存在だと思わせたりするような言動は虐待に該当し得ます。
・育児に関する知識不足
昔は「愛のムチ」などという言葉があり、大人が子どもに暴力や暴言を浴びせることは珍しくありませんでした。そのようにして育てられた今の大人が、同じようなことを子どもに対してやってしまえば、それは虐待に該当するという場合も多々あり得ます。
しかし、このような子どもの権利に関する知識や情報のアップデートがされないまま親になったり、あるいは情報には触れていても行動には反映されなかったりすると、意図せず虐待をしてしまうことにつながります。
・育児への不安やプレッシャー
子育てには予測不能なことが多く、思い通りにいかないことの連続とも言えます。しかし、真面目な性格で、きちんと子育てしなければというプレッシャーを強く感じる養育者の場合、子どもの言動や発達が想定と違ったときに過度な不安や焦り、怒りなどを感じてしまいやすく、その反応が虐待に該当するものになることもあります。
・体調不良や協力者の不在、貧困など環境的な要因
養育者の身体や心の調子が良くない、育児や家事への協力者がいない、または不充分、貧困など、適切な育児が困難になる環境的要因があると、虐待のリスクは高まります。
・養育者の生育歴や子どもの性質
養育者自信が虐待を受けた経験があったり、虐待を受けたとまでは認識していなくても適切な養育が不充分だったりすると、そもそも適切な育児が分からない状態で親になることもあります。
また、適切な育児を理解はしていても、どうしてもうまく自分をコントロールできず虐待につながってしまうことがあります。子どもに病気、発達障害やその傾向、親と対照的な性格など、養育者にとって何らかの育てにくい性質があると、そのリスクはさらに高まります。
虐待サバイバーの苦しみを、カウンセラーと一緒に解決していきませんか?
オンラインカウンセリングのうららか相談室では、臨床心理士などの専門家に匿名で悩みを相談することができます。
虐待は受けた人の心や脳に大きな影響を残しかねず、その影響は大人になっても続くこともまれではありません。虐待を受けて育った大人には、どのような影響や特徴が見られるのでしょうか。
・自己肯定感や自信を持ちづらい
本来、愛情を注がれ大切にされるはずの親からそうされなかった経験を通じて、子どもの心に「自分は人から愛される価値のない存在なのだ」という感覚が刻まれていきます。それは大人になったからといって自然に消え去るわけではなく、自分という存在への自信や自己肯定感を持てない状態が大人になっても続くことは、虐待サバイバーの方にはよくあります。
・人間関係や仕事が安定しづらい
自分に自信が持てないと、人から嫌われているという思い込みや、他者に依存して自己肯定感を補強しようとする傾向が出てくるのは自然なことです。このような傾向は、過度に人に依存したり、そうかと思うと、周囲からは突然に思える形で自ら関係を断ち切ったり、怒りや衝動性など感情や行動のコントロールの困難というような行動に現れ、それゆえに人間関係が不安定になりがちです。
人間関係が不安定になると、仕事が続かず経済的な安定も遠ざかったり、結婚生活やパートナーシップも継続し難かったりと、あらゆる面で生きづらさを抱えることになりかねません。
・人に頼ることが苦手
虐待という非常に苦しい状況に長く身を置いていると、それに馴染みができてしまい、大人になってからも困っていてもしんどくてもそれが自然な状態で、誰かに助けを求めるという発想に至らない虐待サバイバーも少なくありません。
困っているという自覚があっても、自分を大切にする方法を育ちの過程で学べていないためどうしたらいいのか分からず、一人で抱えてしまい、人に適切な形で頼ることを苦手とするケースも多いです。
・いじめやハラスメントに遭いやすい
虐待を受けて育てば、円滑な人間関係や集団生活を送るためのルールを自然に身につけるのが難しいこともあり、周囲から「非常識な人」と思われてしまう等の事情から、いじめやハラスメントなど各種被害に遭うリスクも高まります。
人に助けを求める習慣もないため、それが加害者にとっては都合がよく、被害が重なり、さらに傷付きや孤独を深める虐待サバイバーもいます。
・病気や体調不良を抱えやすい
虐待サバイバーは、アルコールや薬物依存に陥るリスクも高いと言えます。睡眠障害や摂食障害、パニック、頭痛、喘息、風邪をひきやすいなど、様々な身体的問題を抱える人も多いと言われています。トラウマが自律神経の調節機能に影響を及ぼすため、こういった原因不明の体調不良が生じると考えられています。
・PTSDを発症するケースも
子ども時代からの虐待は、大きな心的外傷(トラウマ)になることが多く、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースもあります。従来のPTSDは災害や事件・事故に巻き込まれるなど単回性のトラウマを元にするケースが多いのに対し、複雑性PTSDは虐待やDVのような逃れられない持続的・反復的な出来事による心的外傷を要因とするもので、虐待サバイバーの場合は複雑性PTSDを発症することも珍しくありません。
フラッシュバックやその出来事を想起させる物事の回避、気分や思考に関する悪影響といったPTSDの症状に加え、複雑性PTSDの場合、感情のコントロールの困難、否定的な自己概念、対人関係の困難も見られます。
PTSDは診断名なので、明確にするには医師による診察・診断が必要ですが、未受診の人の中にも同様の症状を抱える虐待サバイバーは多いと考えられます。
上記のように様々な症状に苦しめられる虐待サバイバーには、どんな治療法があるのでしょうか。
・生きづらさは虐待によるものだと理解する
お伝えしてきたように、虐待サバイバーは、自分を好きになれず大切だとも思えない気持ちや、不安定な人間関係、体調の悪さなど、多くの生きづらさを抱えてしまいがちで、それについても自責の念や自己嫌悪を感じる人も少なくないように思います。
しかしこれらは個人的な性格などの問題ではなく、虐待によるトラウマからくる症状だと理解することが大切です。
自分が悪い、自分のせいだと思ってしまうと、傷つけられた自尊心をさらに低下させることになり、非常に苦しい状態が続いてしまいます。悪いのは自分ではなく、虐待に相当する加害行為であって、その影響が今も続いているのだと正しく理解することで、適切な対処法が見えてきます。
・安心安全な場所で専門家による治療を
苦しい症状を軽減するためには、まず安心できる安全な場所で生活を送ることが大切です。今も虐待の加害者と同居しているなど、安心できない環境だと、トラウマ治療をしても充分な効果が発揮できないこともあります。
とはいえ、経済的な事情などで安心安全な場所を確保できない虐待サバイバーもいるため、医師、臨床心理士・公認心理師など専門家と相談しながら、治療を受けられるとよいでしょう。
トラウマに焦点を当てた治療(EMDR、トラウマフォーカスト認知行動療法、PEなど)や一般的なカウンセリングなど、ご本人の希望や状態に応じて専門家と一緒に治療をすすめていくことで、後遺症を軽減することはじゅうぶん可能です。
生活に困難を抱えることも多い虐待サバイバーへの支援には、以下のようなものがあります。
・治療やカウンセリング
虐待サバイバーに必要な支援の中心は、やはりトラウマ治療です。精神科・心療内科やカウンセリング施設、オンラインカウンセリングなど様々な場所がありますので、続けやすいところを探してみましょう。
病院や医院にはデイケアやナイトケアを併設しているところもあり、そのようなところでは個別の治療に加えて、作業療法やグループワークを通じて安定した生活や対人関係を築く練習ができます。
身体的症状がある方は、その症状を対象とする診療科にかかって治療をし、身体的症状を軽減するのも意味のあることです。苦痛をとりのぞき、トラウマ治療へのエネルギーを高めるなどの効果も期待できます。
・生活支援は医師や自治体の窓口に相談を
経済的な困窮や、症状がつらくて家事ができないなど、生活上の問題がある場合は、通院先の医師や自治体の窓口に相談しましょう。経済的な援助や訪問看護、ヘルパーの派遣など様々な福祉サービスがあります。それらが利用できるなら大いに活用して、安心して治療に向かっていける環境を整えるのも一手段です。
・自助グループ
虐待サバイバー向けの自助グループでは、虐待を受けて育った当事者の方々が集まり、体験を共有し合える場を提供しています。話した内容や秘密は守られ、話したくなければ他の参加者のお話を聞いているだけでも大丈夫、というところが多いです。
お近くに参加しやすそうな自助グループがなければ、オンラインで開催しているところもありますので、興味のある方は探してみてくださいね。
児童虐待は子ども時代だけの問題ではなく、大人になって加害者だった養育者と離れて暮らすようになってからも、その影響に苛まれ続けるサバイバーも多々います。自分は愛される価値のない人間だと感じたり、人間関係や仕事が続かなかったり、なぜかいつも体調が悪かったりするならば、それは虐待の後遺症かもしれません。
自分のせいではなく、適切な治療をすれば改善できる苦しみだと捉え、少しでも生きやすくなる虐待サバイバーが一人でも増えたらと願います。
【参考資料】
・子ども家庭庁 令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/a176de99-390e-4065-a7fb-fe569ab2450c/5fbbaa2e/20250327_policies_jidougyakutai_32.pdf